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徳島地方裁判所 昭和33年(ワ)434号 判決

原告 笠江一義

被告 横井製材株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三十三年七月三十日附を以つて為したる解雇は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告製材工場の製材工であつて被告外十一の製材工場の従業員で組織する那賀木材産業労働組合の組合員であつたところ昭和三十二年四月一日から同年五月四日までの間右組合が賃上げ等を要求して争議行為を実施し原告もこれに参加した。

二、そして同年四月五日夜徳島県那賀郡那賀川町大字中島所在の被告会社代表者横井昭宅前路上で組合員数十名がスクラムを組み労働歌を高唱して気勢をあげた際、一部の組合員が同所所在の訴外横井重智所有家屋に投石した事件があり、数日後他の組合員と共に原告は暴力行為等処罰に関する法律違反事件の被疑者として逮捕せられ勾留の上取調を受け、同年六月二十八日徳島地方検察庁より右事件被告人として他の組合員と共に徳島地方裁判所へ起訴された。

三、原告は事件当夜現場にいたものであるが投石の事実はないので無罪を主張して法廷で争つたが、昭和三十三年六月二十七日建造物損壊罪として懲役六月但し二年間刑の執行を猶予する旨の判決が言渡され、原告はこの判決を不服として同年七月八日高松高等裁判所へ控訴を提起し目下同庁に係属審理中である。

四、しかるに被告は右判決を理由に同年七月二十九日附書留内容証明郵便を以つて原告に対し同月三十日附を以て懲戒解雇する旨の通告をした。

五、しかしながら被告の解雇処分は以下述べる理由によつて無効である。

(一)  前記のように原告は事件当夜現場にいたものであるが投石等暴行の事実はない。

(二)  仮りに原告に暴行の事実があるとしても、前記労働争議は徳島県地方労働委員会や徳島県議会議員福本幸雄の斡旋により昭和三十二年五月四日那賀木材産業労働組合と被告等製材業者間に協定妥結し争議は終了したが、その際争議参加者の処分に関し同日左記覚書が締結せられ、福本幸雄及び徳島県地方労働委員会はこれを承認した。

今次争議による犠牲者を出さぬこととし又不利益な処分を行わない。

但し刑事犯として処罰せられたる者の処理については福本幸雄と協議の上決定する。

従つて被告が原告を解雇する為には原告に対する刑事被告事件が有罪として確定した場合被告が福本幸雄と協議した上万止むを得ざる場合にはじめて為し得るもので、右覚書に刑事犯として処罰せられるとは有罪判決の確定を意味することは勿論であつて被告が第一審の有罪判決を理由に原告を解雇したのは刑事訴訟における三審制度を無視し右覚書に違反した無効のものである。

六、よつてこれが無効なることの確認を求める為本訴に及んだ次第である。

とかように述べ、被告の主張に対し、前記覚書締結に至るまでの経過としては右覚書但書の解釈につき相互に主張が対立し、この点が争議妥結の「癌」となつていたことは想像に難くない。原告等労働者側においては第一審判決において誤判なしとはいえず第一審において有罪判決を受けたものが控訴或いは上告審において無罪にいたる例がしばしばあることは衆知の事実でありこの点を極力力説した結果原告主張の如き趣旨の下に覚書が締結せられたものである。およそ成文法例において欠格事由である有罪判決とは確定判決を意味することは説くまでもない。本件覚書但書も所謂文理解釈によつてかく解するのが当然である。しからざれば原告において上級審において無罪判決がありその判決が確定した場合、被告の主張によれば第一審において有罪判決を受けたものは解雇し得ることとなりその不当なることはもとより延いては原告の労働権人権をじゆうりんするも甚しくかようなことは正義人道上許されない。被告はもし覚書が要素の錯誤によつて無効の場合は労働協約就業規則によつて懲戒解雇は当然である旨主張するが右懲戒解雇の対象である暴行行為等も勿論有罪者であることを前提とするものであるから、原告の有罪無罪未確定の段階にある昭和三十三年七月三十日において右理由のもとに解雇できないことは明らかであつて、何れにせよ被告の解雇処分は無効である。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中一、の事実は認める。二、の事実中原告等の暴行の程度の点を除きその余は認める。原告等の暴行は単なる被告会社社長宅(訴外横井重智所有)に対する単なる投石でなく投石によつて右居宅の板塀、雨戸、硝子等をめちやめちやに破壊する等言語道断の暴行であり、当局においても余りにも常軌を逸した不法行為を放置できなくなり遂に逮捕起訴並びに有罪判決の言渡となつたものである。三、の事実中原告主張の日時に原告に対しその主張のような有罪判決言渡があり、原告がこれを不服として原告主張日時に高松高等裁判所へ控訴を提起し目下同庁において係属審理中である点は認めるがその余は否認する。四、の事実は認める。五、の事実中原告主張日時に徳島県地方労働委員会や徳島県議会議員福本幸雄の斡旋で争議妥結し、その際那賀木材産業労働組合と被告等製材業者との間に原告主張の如き文言の覚書が締結されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右覚書の内「刑事犯として処罰せられたる者」というのは原告主張のように有罪判決の確定ではなく第一審において有罪判決の言渡があつた者を意味するのである。このことは右交渉の際被告等経営者側は暴力行為者が明確になつたときすなわち刑事犯として起訴された者を懲戒解雇できるよう主張したが、斡旋者である徳島県地方労働委員会委員から被告等経営者側に示された案文には「但し刑事犯として懲役刑に処せられその刑の確定したる者は福本幸雄比と協議の上決定する」という文言があつたけれども、経営者側の反対で単に刑事犯として処罰せられた云々に改められ、この修正が採用され覚書となつた経過に徴し明らかである。もし原告のいう如く判決確定とせんか控訴上告と引延せば何年かかるか計られないのに、かかる会社の企業秩序上断じて放置できない不法行為者を解雇できないこととなるのであつて、被告において覚書を承認する筈もなくこの点は特に仲裁者にも確かめて調印した次第である。次に右覚書の内「福本幸雄と協議の上決定する」とは事前に福本幸雄に通知すれば足りる趣旨であつた。被告は右解雇につき事前に二、三回福本幸雄に右処分の旨を通知したところ、同人は協議に応じてくれず暗に解雇されても止むを得ないとの態度をとつたのである。

本件解雇は右覚書違反ではない。と述べ

本件解雇は無効でないのは勿論何等の違法はなく妥当な措置である。すなわち、原告の所属する労働組合と被告会社との間に成立している労働協約第三十八条には懲戒解雇の基準として「故意又は重大な過失により機械器具その他の物品を毀損又は亡失した時」(同条6号)と規定されており、又被告会社の就業規則第五十四条には「従業員にして左の各号の一に該当する者は懲戒解雇する但し情状により出勤停止にする事がある」として「過失又は監督の指示によらずして会社の設備、機械若しくは器具を破壊し又は災害傷害等の事故を発生させ又それ等の行為をしようとした者」(同条2号)「刑法その他法令に規定する犯罪に該当する行為のあつた者で改悛の見込のない者」(同条5号)「会社施設及びその敷地内に於て窃盗、詐欺、暴行、脅迫その他之に類する行為のあつた者」(同条19号)「その他前各号に準ずる程度の行為のあつた者」(同条21号)と定めている。原告の行為が右労働協約第三十八条並びに就業規則第五十四条に該当することはまことに明白で即時懲戒解雇をなしうることは当然である。よつて被告は昭和三十三年六月二十八日所轄富岡労働基準監督署長に対し労働基準法第二十条による原告に対する解雇予告除外認定申請をしたところ、同庁(阿南労働基準監督署と改称)は右覚書についても十分検討の上同年七月二十六日阿監認定第二号を以てこれを正当と認定した。労働者の団体交渉権は労働組合法によつて認められているところであるが、暴力の行使はいかなる場合においても許されない。社長宅に投石して社長並びにその家族を生命身体の危険にさらす如き常軌を逸した行為をなす如き被使用者を解雇することは会社側としてまことに止むを得ざる措置であるといわなければならない。仮りに百歩を譲つて本件覚書の趣旨が原告主張の如き趣旨のものであつたと仮定すれば、被告はじめ経営者一同はかかる覚書の如き契約を締結する意思は全然なかつたものであつて要素の錯誤であるから右覚書は無効であるというべきである。覚書が無効である以上労働協約、就業規則によつてかかる暴力行為者の懲戒解雇は当然である。と主張した。(立証省略)

理由

一、原告が被告製材工場の製材工であつて被告外十一の製材工場の従業員で組織する那賀木材産業労働組合の組合員であつたところ、昭和三十二年四月一日から同年五月四日までの間右組合が賃上げ等を要求して争議行為を実施し原告もこれに参加したこと、同年四月五日夜徳島県那賀郡那賀川町大字中島所在の被告会社代表者横井昭宅前道路上で組合員数十名がスクラムを組み労働歌を高唱して気勢をあげた際、一部の組合員が同所所在の訴外横井重智所有家屋に投石した事件があつたこと、原告が数日後他の組合員と共に暴力行為等処罰に関する法律違反事件の被疑者として逮捕せられ勾留の上取調を受けたこと同年六月二十八日徳島地方検察庁より右事件被告人として他の組合員と共に徳島地方裁判所へ起訴され、同三十三年六月二十七日建造物損壊罪として懲役六月但し二年間刑の執行猶予の判決言渡を受けたこと、原告は右判決を不服として同年七月八日高松高等裁判所へ控訴を提起し目下同庁に係属審理中であること、被告が右判決を理由に同年七月二十九日附書留内容証明郵便を以て原告に対し同月三十日附を以て懲戒解雇する旨の通告をしたことはいずれも当事者間に争いがないところである。

二、成立に争のない乙第二号証によれば、被告の右懲戒解雇は昭和三十二年四月五日夜の原告の所為を理由とするものであることが明らかである。

三、原告は同夜現場にはいたが投石等暴行の事実はない旨主張するけれども、成立に争のない乙第一、第十、第十一号証によれば原告は昭和三十二年四月五日午後七時三十分頃、訴外水田謹治、同大西明、同杉山保幸他数十名の組合員と共に前記被告会社代表者方前に赴きスクラムを組んで労働歌を高唱して気勢をあげた際他の組合員と共謀の上二時間にわたつて交々同家前路上から同家に向け投石し、訴外横井重智所有の同家の屋根瓦約百枚、戸袋三ケ所、雨戸五ケ所、障子硝子三枚等を破壊した事実を認めることができ、右認定を左右しうる証拠はない。

四、原告は被告のなした前記懲戒解雇は昭和三十二年五月四日前記那賀木材産業労働組合と被告等製材業者との間に締結された覚書に違反して無効である旨主張するので判断する。

同日徳島県地方労働委員会や徳島県議会議員福本幸雄の斡旋で前記争議は妥結したがその際右組合と被告等製材業者との間に「今次争議による犠牲者を出さぬこととし又不利益な処分を行わない但し刑事犯として処罰せられたる者の処理については福本幸雄と協議の上決定する」なる文言の覚書が締結されたことは当事者間に争いがない。原告は右覚書但書の内「刑事犯として処罰せられたる者」とは有罪判決の確定した者を意味する旨主張し、甲第二号証の一ないし四同三号証の一、二中には原告の右主張に副う如き部分があるけれども後記各証拠に対比してたやすく信用することができず、却つて、成立に争のない乙第七号証の一ないし、四、同第十一、第十四号証、同第六号証の三に同号証によつて成立を認めうる同第六号証の一、二乙第七号証の四によつて成立を認めうる乙第五号証を綜合すれば、右覚書締結に至るまでの経過として被告等経営者側は刑事犯として起訴された者を懲戒解雇できるよう主張したこと、徳島県地方労働委員会から被告等経営者側に示された当初の案文には「但し刑事犯として懲役刑に処せられ、その刑の確定したる者は福本幸雄氏と協議の上決定する」という文言があつたが、被告等経営者はこれに反対したため、単に刑事犯として処罰せられた者は懲戒の対象とし云々なる文言に改められ、更に当事者間に争なき前記文言の覚書が締結されるに至つたことが認められ、右事実によれば被告主張の如き趣旨の下に合意が成立したものと解するのが相当であつて、この点についての原告の主張は理由がない。次に原告は被告が福本幸雄と協議した上万止むを得ざる場合にはじめて原告を解雇し得るものである旨主張し、被告は事前の通知で足りる趣旨の下に合意があつた旨主張するので判断する。乙第七号証の二同第八号証の一、二同第十四号証によると、右覚書の「協議決定する」という条項について、仲裁者である右福本幸雄の立場を考え、被告等経営者と同人との間においては事前の連絡で足りる旨の了解に達していたが、組合側には徹底していなかつたことが認められるから、被告主張のような趣旨の下に合意があつたとは認めることはできない。しかしながら、乙第七号証の二同第十一、十四号証郵便官署作成部分の成立につき当事者間に争いがなくその余の部分については弁論の全趣旨によりその成立を認めうる乙第十二号証の一、二、乙第十四号証により成立を認めうる乙第九号証の一ないし三を綜合すれば、原告が前記有罪判決の言渡を受けた後被告は本件懲戒解雇をなすに先だち右福本と二回協議したが、右福本は暗に懲戒解雇も止むを得ないとの態度を示し、原告の就職先も心配してやらねばならぬから解雇の時期をもう少し待つてくれるよう述べたことが認められ、右認定に反する甲第二号証の一、二はにわかに信用することができず、他に右認定を左右しうる証拠はない。右福本にして右のような態度である以上更に同人と協議しないでも被告としては原告を解雇できるものといわざるを得ない。

従つて本件解雇が右覚書違反であるという原告の主張は理由がない。

五、成立に争のない乙第三、第四、第十三号証によれば、原告の所属する横井製材労働組合と被告との間に現に有効に存続する労働協約及び被告会社の就業規則には懲戒解雇の基準として被告主張のとおりの条項が存在することが認められ、原告の前記三、の所為に鑑み被告のなした本件懲戒解雇は右就業規則の条項に照し客観的に妥当な処置であつたと認めざるを得ない。

六、してみると、原告の本件懲戒解雇が無効であるとの主張は理由がなく、原告の本訴請求はその余の点の判断するまでもなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 大西信雄 丸山武夫 三宅純一)

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